今を生きる私たちが、未来の子どもたちにどんな千葉を引き継ぐことができるか、一緒に考えることができれば嬉しいです。          


by bakin_yume

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1.17 

阪神・淡路大震災から20年、その時生を受けた子は成人式を迎えました。
もう、そんな時が流れたのかと、何故か胸が苦しくなります。

その時、千葉でもかすかな揺れを感じました。何故か、私は5時半頃、
「地震?」と目があいたのを覚えています。1時間後、TVをつけ、
その後も次々映し出される映像にただただ、泪がでました。
私が成人式を迎えた歳は、阪神地区にいました。
友人と語らいながら歩いた道、ショッピングetc.... 
ゼミ仲間も倒壊した家屋で亡くなりました。
助けだされても、病院で亡くなった友人もいます。
助かった友人たちから当時の話を聞きました。怖い体験だったと思いますが、
それでも、「こういうものはこうした方が。こういうものは備蓄を」と教えてくれました。

楽しかった思い出のある街が壊れてしまった、しばらくは 訪ねることが
出来ませんでした。
7年前、やっと 神戸にいくことが出来ました。
全く新しくなった所、懐かしい建物。それでも 三ノ宮のよく通った店が
当時のまま残っていて、復興しつつあるんだと嬉しく思いました。

震度5強といわれた日向市の友人から聞いた話は
部屋があっちへこっちへとに歪んだ
アップライトピアノが歩くように動いた
TV(今のような薄型ではない)が台から飛び出て1.5㍍も飛んだ
その時の話を聞いて、我が家では、対策をさせてもらっています。
また、その後の余震の怖さ。
準備しておくと良いものは、体験者でなければわからないものもありました。
しかし、備蓄は結構場所を取りますね。

千葉市は、都市型地震災害といわれる阪神・淡路大震災の教訓を活かした
対策を、市民一人一人がしておく必要があると思います。

夕方、車で帰宅するとき、3.11の時、車で帰宅した時のことを思い出しました。
あの日は家まで帰りつけるかどうか、不安でした。 
大きな地震がきたら、車は道路脇に止めて、鍵をつけたまま徒歩で、
と言われますが、その時、本当に出来るだろうか。
まだまだ、考え、準備することはたくさんあります。

十数年ほど前、災害について某大学の教授の講演で
「普段から、もし、ここで災害が起こったらどうするか」を考えていると
いざとなった時に 冷静に行動できる」と聞いたことがあります。
人は暗闇になるとパニックに陥ると言います。私はいつも小さなLEDライトと
笛を持ち歩きます。いざとなったら、どう行動できるか分かりませんが、
「備えあれば憂いなし」何もしないよりはいいかなと思います。

1.17、3.11で亡くなられた方々のご冥福をお祈りしながら、
その方々が身をもって残してくださった教訓を少しでも
お役に立てさせていただきたいと思います。
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by bakin_yume | 2015-01-17 22:32

初夢に

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                1月3日、新幹線の車窓から。
この日は、千葉からも富士山がよく見えました。いつもより、距離を近く感じました。
三島あたりからは、宝永の噴火口もくっきり。



今年は羊のように「あったかーい」1年になりますように。
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by bakin_yume | 2015-01-03 22:35 | 自然